大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和45年(ワ)10088号 判決

原告 株式会社ルジメツクス

被告 宝永商事株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(当事者双方の求めた裁判)

原告は「原告・被告間の損害賠償請求事件につきフランス共和国パリ商事裁判所が昭和四三年三月一二日に言渡した、被告は原告に対し損害賠償金として二五万フラン、仲裁人の費用として一二五〇フラン、訴訟費用として一三四八フラン九〇サンチーム、合計二五万二五九八フラン九〇サンチームを支払え、との判決に基く強制執行をすることを許す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告は主文同旨の判決を求めた。

(請求原因)

一  原告は肩書地に本店を有するフランス共和国の法人である。

原告は昭和四一年、被告を相手どつてフランス共和国パリ商事裁判所に、原告・被告間の衛生サツクの売買契約に関する被告の債務不履行を理由とする損害賠償請求訴訟を提起し同裁判所は昭和四三年三月一二日請求の趣旨記載の給付判決を下した。そして、同判決は昭和四三年七月三〇日に在日フランス共和国領事により被告に送達されたが、被告の不服申立期間の従過により同年一〇月三一日に確定した。

二  右判決は、つぎに述べるとおり、我が民事訴訟法第二〇〇条各号の要件を充足する外国判決である。

(一)  本件に対するパリ商事裁判所の一般管轄について

1 本件は商取引における債務不履行に基づく契約解除による損害賠償請求事件であるから、我が民事訴訟法上我国の裁判所の専属管轄事件でないことは明らかである。

2 そして、フランス民法第一四、第一五条によるとフランス人が事件の原告または被告である場合には原則としてフランス共和国の裁判所に一般管轄権のあることを規定し、さらに、フランス民事訴訟法第四二〇条は商事に関し契約が締結されかつ商品の引渡のあつた国がフランス共和国である場合にはフランス共和国の裁判所に一般管轄を認める旨を規定している。

3 一方、本件は金銭賠償請求事件であるから、その義務履行地は債権者である原告の本店所在地であるフランス共和国であること明らかであり、したがつて、我が民事訴訟法上もフランス共和国の裁判所に管轄権があることになる(同法第五条)

4 かりに、右義務履行地を理由にフランス共和国の裁判所に一般管轄権が認められないとしても、本件においては、契約の目的物の引渡しがなされた国がフランス共和国であり、右目的物に重大な瑕疵のあることが契約解除の原因となつたのであるから、その原因立証の難易の点を考えるなら、被告の住所地国である日本ではなく、契約の目的物の存するフランス共和国の裁判所に一般管轄を認めることがより合理的といえる。

このことは国際不法行為について不法行為地国に一般管轄権を認めるのと同様である。

(二)  本件においては、公示送達によらないで、訴訟開始に必要な呼出状が被告に送達されている。すなわち、我国の訴状および呼出状の送達に当る召喚状は昭和四一年九月七日フランス民事訴訟法第四一五条に基きパリ商事裁判所に属する執行吏により同法第六九条第一〇項の手続を経て被告に送達された。

なお、被告は同年一一月五日付の文書で、右執行吏に対して、同月九日にパリ商事裁判所へ出頭せよとの文書を受領したことを確認し、出頭が地理的にまた費用の点でも不可能であること、かつ、原告の主張内容を争う旨の陳述をしている。

(三)  本件判決が我国の公序良俗に反しないことは明らかである。

(四)  相互の保証について

フランスの判例法上確立された原則によると、外国判決承認の要件は、1、外国裁判所の管轄 2、当該裁判所における手続の正当なこと 3、フランス国際私法上の建前から該当法令が適用されたこと 4、国際的な公の秩序に反しないこと 5、詐欺訴訟でないこと、に尽きる。そして最近のフランス共和国の裁判所は外国判決に対する実質的審査権を否定している。

そうすると、フランス共和国の裁判所は日本の裁判所の確定判決を我が民事訴訟法第二〇〇条の要件より厳重でない要件のもとに承認すると考えられるから、フランス共和国との関係では相互の保証があるというべきである。

(請求原因に対する答弁および被告の主張)

一  請求原因第一項の事実中、原告主張の判決が被告に送達されたことの点は否認し、その余の事実は知らない。

二  同第二項の原告主張のフランス判決が我が民事訴訟法第二〇〇条の要件を具備するとの主張は争う。

そもそも、日本の法人であり日本に住所を有する被告に対して請求権を行使するならば日本の裁判所に訴を提起すべきであつて、被告がフランスの裁判権に服するいわれはない。また、我が国はフランスはもとより他のいかなる国家との間にも相互保証の条約を締結していないし、フランスの裁判所の外国判決承認の要件が我が民事訴訟法第二〇〇条の要件と相等しいか少くともこれより寛いということも言えない。

(証拠)〈省略〉

理由

一  原告主張の判決を承認して、その執行を許すためには、少くとも右判決を言渡したというフランス共和国の裁判所が、原告の主張するような損害賠償事件について一般管轄権を有することが必要である。

而して、一般にわが国の裁判所が外国の裁判所の判決の効力を承認するためには、わが国法による国際裁判管轄の原則によつて当該外国裁判所が何らかの管轄原因となる関係点(連結点)を有する(換言すれば、一般間接管轄を有する)場合でなければならない。

二  ところで、わが国法上渉外事件の国際管轄権一般について直接規定した成文の法規(いわゆる国際民事訴訟法)はないが、これらの法規の基礎となるべき根本理念は、少くとも当事者の公平な取扱、裁判の適正、迅速を期することにあるのであるから、同一理念に立つ国内民事訴訟法を手がかりとし各種の渉外的法律関係の有する具体的な特殊性を考慮し、国内社会と異なる国際社会の諸条件に配慮を加えながら国内民事訴訟法を類推することによつて、わが国法上の国際裁判管轄の原則ないし条理を見出し、法規の不備、欠缺を補充するのが適当であると考える。

三  そこで、次にフランス共和国の裁判所に一般管轄権が認められるかどうかについて検討する。元来、一般間接管轄といい一般直接管轄といつても、それは同一の事柄について異なる角度から見たものであり、現実はともかくとして、両者は同一の原則ないし抽象的基準によつて規律せられるべきはずのものである。即ち、判決国である外国の裁判所に連結される要素である一定の事実が、その判決の承認を求められたわが国に存在することによつて、わが国の一般(直接)管轄が認められるとするならば、このことによつて当該判決国の裁判所の一般(間接)管轄を認むべきであることは当然の条理と解すべきであるからである。

(一)  原告は、その主張する前記損害賠償請求事件は、わが民事訴訟法上の専属管轄ではなく、義務履行地がフランス共和国の領域内にあることを前提として、同国に一般管轄権を認めるべきであると主張している。原告の主張する右訴訟事件がその性質上、国際管轄の原則においてもわが国の専属管轄に属すべきものということはできないが、そうであるからといつて、わが国法が義務履行地ないし契約上の義務履行地を国際管轄への連結点となし、当該事件について一般(直接)管轄を認めているものと即断することはできない。この点に関しわが民事訴訟法第五条は特別裁判籍として義務履行地の裁判所を明定しているが、このような特別管轄の規定を類推して国際管轄の原則であると断定できるかどうかは更に検討を要する。右規定を形式的に適用するとわが民法第四八四条は債権者の現住所を履行場所と定め、商法第五一六条は不特定物について債権者の現時の住所を履行の場所と定めているので、わが国に住所を有する原告からの請求については、少くとも当該法律関係の準拠法が日本法である場合には債権者の住所地が義務履行地となり、常に日本の裁判所の管轄権を認めることになり、外国に居住する被告に困難な応訴を強制する結果となるのである。このような結果を招来する原則は、その準拠法によつてたまたま義務履行地が外国となり、外国の裁判所に管轄権が認められる場合があるとしても、国内社会と異なる国際社会における場所的な考慮に欠け、被告の利益を害するものといわなければならない。従つて義務履行地をもつて国際管轄の連結点とすることは、国際私法交通の現状に照らし、わが国法上の原則ないし条理と認めることはできない。このことは、義務履行地が、理論上はともかく、国際社会発展の現段階において、いまなお国際裁判管轄への一つの連結点として取上げられるにいたつていないことに照らしても、首肯することができる(一九六六年四月二六日ハーグ国際私法会議において採択された「民事及び商事外国判決の承認並びに執行に関する条約」案にも義務履行地は国際管轄の連結点として取上げられていない。)。

(二)  国際的商事取引における契約締結地、商品を引渡した場所が、国際管轄の連結点となることは理論上可能である。しかしわが民事訴訟法においても契約締結地や商品の現実の引渡場所をそれぞれ独立の特別裁判籍として認めるにいたつていないし、これらの事実は多くは義務履行地の裁判籍に吸収される要因となるべきものと解することができる。従つて、これらの要因たる事実をもつてわが国法上の国際管轄の連結点として高めることは、理論的にも実際的にも妥当でないのみならず、これらの要因が前記の義務履行地という要因と結合する場合においてもなお、わが国法上の国際管轄を支配する条理として肯認できないことは、前記(一)で述べたことと同様である。

(三)  国際的商事取引の対象である不特定の有体動産のなかの全部又は一部の所在地をもつて、わが国法上の国際管轄の連結点とすることは、たとえその商品に重大な瑕疵があり、その所在地における立証活動や裁判が能率的、かつ適正に行なわれるものであるとしても、たやすく肯認できない。それは、実質的にみて義務履行地を連結点として認めることにひとしく、契約の履行過程において移動する不特定の有体動産の所在地を連結点として、外国にある被告をして、その物件の所在地国に応訴を余儀なくさせることにほかならないのであつて、国際的私法交通に安定をもたらすものではない。そしてこの場合にも前記(一)、(二)で指摘したことと同様のことがいえるのである。

四  以上のとおり、原告主張の理由によつては前記フランス共和国のパリ商事裁判所に前記の損害賠償請求事件についての一般管轄権を認めることができず、他に原告被告間に管轄の合意があつたとか被告が右訴訟に応訴したという事実を認めるに足りる証拠はないので、結局、外国判決承認の要件の一つである外国裁判所の一般管轄権の存在が認められないということになる。

そうすると、原告の本訴請求は原告のその余の主張を判断するまでもなく失当であるからこれを棄却することとし、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 緒方節郎 定塚孝司 水沼宏)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例